マレーグマが好き。

生きてるだけでMVP。心の健康を保つための日記です。アイコンとヘッダーはともだちに描いてもらったものです。

男性が嫌い

民家の門扉にカラスが止まっていた。鬼殺隊員でもいるのかよ、と心の中でつっこんだ。ネタの旬が過ぎている。


先日ロイホに行った。結構高い。チキンカツが美味しかった。


世の中で起こるろくでもない事件の犯人は男性ばかりだ。自分のことを棚にあげるが、ぼくは男性が嫌いだ。生理的に嫌いだ。社会的に嫌いだ。ミサンドリー気味なくらいだ。自分の来し方をふりかえると恥と罪の積み重ねだ。情けない。申し訳ない。もっとマシな人間になりたい。世界から男性がいなくなれば今よりもっとマシな世界になりそうに思う。物理的にそうするわけにはいかないし、ぼくも死にたくない。男性が生まれ変わらないと世の中はよくならないと思う。差別者の、加害者の自覚を持て。

ここが舞台だ

なんだかんだで一週間も更新していませんでした。今年の暑さはマシやねと思ってましたが今日久しぶりに日中外出したらヤバかったです。でも帰宅するとマシなのよ。直射日光を遮ること、風通しがよいこと、このふたつが大事です。それともしかまた痩せたのかもしれない。夏場は薄着になるのでガリガリが目立ってイヤだ。

7月は毎日映画を観ていましたが8月はアニメとドラマを観ます。今日はオッドタクシーを観ました。評判通り面白い。逃げ恥と野木さん脚本のドラマを中心に観ていきたい。豆夫も見返したい。見返してる。つくづく面白さに唸る。

周りはスタァライトされたひとだらけになってきた。みんなの長文感想を読むとすごいなと思う。ぼくは感想を言葉にするのが苦手だ。作品の分析、自分の心の動きの分析は大事なので、拙くてもまとめられるようになれるとよい。感想は骨が折れるので難しいが。

スタァライトでも薄い本を作りたい。ひかまひかな〜。

サークル名の「さんげんしほう」とは、能舞台の広さである三間四方から取っています。サークルを舞台に見立ててここで面白いこと好きなことをやりたいという意思表明です。

暑中お見舞い申し上げます?

夏ですか? 夏だよね? 今年めっちゃ涼しくない? 日中に太陽を避けたらなんとかなる。朝夕の蒸れた熱気も全然ない。人生サイテーサイアクのファッキンサマーの救いはこの気候とスタァライトです。京都は上映終わっちまったのではよ円盤出てほしい。。

高笑いが聞こえる

案の定感染者がますます増えている。ハナからわかってたことなのに。この現実を見てどえしてオリンピックではしゃげるんだろう。自分がかかるかもしれない。家族友人知人がかかるかもしれない。かかれば苦しむ、命を奪われるかもしれない。人生をねじ曲げられるかもしれない。周りにそういう人がいなかったとしても、どこが誰かが苦しんでる。そしてそれは人流が増すほど危険性が増えるとわかっている。超大型イベントを行えば人流は増すとわかってる。イベントの裏側では誰かが苦しんでいる。それでも盛り上がる?

理不尽なことはこれだけに限らない。

興行は少なからず闇を抱えているものだといっても、オリンピックはいくらなんでも真っ暗すぎる。

どうして盛り上がれる? ぼくにはわからない。バッハと自民の高笑いが聞こえる。人間不信になりそう。

戦闘機に盛り上がった先に

戦闘機飛ばして空に絵を描くのに一機あたり150万円かかるそうです。正確な数字かどうかソースは調べていませんが、それなりにお金がかかるのは想像に難くありません。そのお金は他に使い道ないのでしょうか。コロナで生活に困ってる人がたくさんいるのに、そこにはいかないんですかね。なんのために飛ばすんでしょうか。戦闘機が飛ぶのを見るのにたくさんの人が集まったそうです。このコロナ禍に! タイムラインも大盛り上がりです。前回も盛り上がってました。みんなカッコいい戦闘機が好きです。自衛隊の宣伝になりますね。自衛のための武力は必要だと思いますが、例えれば軍隊は猛獣のようなものです。鎖に繋いで檻に入れて、国民が危機意識を持って対処しないと、その牙は自分たちに向けられます。他国から自国を守るものであると同時に自国民を傷つける存在になり得ます。75年前の我が国を見ればそれは明らかです。今の政権を見ていると、その繰り返しになりそうで怖いです。過去の再現になりそうで怖いです。戦闘機は確かにカッコいいですが、それを飛ばす意味、無邪気に盛り上がった先にあるのを考えると、顔が歪みます。宮崎駿は戦闘機をカッコよく描きますが、紅の豚風立ちぬを観ればわかるように、その裏腹な恐ろしさも描いています。カジュアルな暴力に危機感を覚えます。

孤独死

死ぬときは孤独死だと思っている。

入浴中に死ぬと、身体がドロドロに溶けてスープになると聞いた。なるべく迷惑はかけたくないし、スープは嫌すぎる。とはいえいずれ死ぬことに変わりない。釈迦のように大勢に愛され慕われ惜しまれて死んでも、孤独に死にスープになっても、死は死。年間の孤独死は万単位らしく、もはや普通死じゃね?とコタキ兄弟で語られていた。現代における孤独死はよくある死の一つに過ぎない。自分にとって孤独死はリアルだ。親類縁者は誰もいないから迷惑をかけることにはなるなあ。


重い映画と重いツイートを見たせいできもちが沈んでいる。リズのおかげで多少回復したけれど、やっぱりしんどい。